運営は、クソ運営であるべきだ。

恒例のたまに来るLoL以外の話です。
オンラインゲームの評価では、しばしば”運営”という項目がある。
運営側の補填対応や、メンテナンスや、バグへの対応速度、態度なんかも含めてのものだろう。
これらが良くない運営は”クソ運営”と呼ばれ、それがゲームの評価に繋がっていく。
そこで今回のタイトルだ。
運営はクソ運営であるべき。
今回言いたいことは、運営が良いから良いゲームになるかって言われると微妙だってこと。
また、その逆もしかりだ。というか、私は運営はクソなぐらいがいいと思ってる。オンラインゲームではね。


 || なぜ、クソ運営がいいのか?


先に、今回で言うオンラインゲームは、MORPG・MMORPGや、限定型オンラインのブラウザゲーム、ネイティブゲームに限定される。メインにPvE(Player versus Enemy、AIを敵にするゲーム)を据えたものだ。
PvP(Player versus Player)をメインとする、対戦アクションやFPS、MOBAといったゲームは、
ゲームバランスの均衡性・平等性が最重要視される。
というわけで、運営がしっかりしていなければそもそもゲームが成り立たない。
そもそも、良いオンラインゲームとは何だろうか?
秀麗なグラフィック、適切なレベルデザイン、爽快感のあるアクション性。
これらはゲーム性の部分であり、運営とは関係がない。
運営に必要なのはゲームを本質から作り変えることではなくて、
イベントなどで飽きさせないこと。プレイヤーが没頭できること。
時間を忘れられること。長時間楽しめること。
運営にとって操作すべきは”時間”であり、
長い時間、ゲームに意識を向かせることがオンラインゲームにはプラスになる。
なぜ時間が大切かと言うと、オンラインゲームには終わりがないからだ。
終わりのないゲームには、当然進行度がない。
だからプレイヤーたちは、”どれだけプレイしたか”を”時間”で伝える。
プレイヤーのオンラインゲームへの執着は、時間で測れる。
良いオンラインゲームには、二種類ある。
運営が良くて本当に楽しいゲームと、
運営がクソだし良く考えてみればつまらないかもしれないけれど、なぜかやめられないゲームだ。
で、この二つで長続きするゲームは、間違いなくクソ運営の方なのだ。
このロジックは、運営は必要悪であり、ある程度厳しくあるべきだという今回のタイトルに繋がってくる。
次の章では、そのロジックを書く。
 || 運営は正しくあるべきか?


まずは、運営の前に制作陣の話をしよう。
ゲームでは、制作側はユーザーの視点になって考えるということが当然必要になる。
だからこそゲーム制作はユーザーにとって易しく、そしてわかりやすいゲームを作ることが正義だと考える。
オンラインゲームにとって操作すべきは時間だと言った。
ユーザーにとって易しく、わかりやすいゲームというのは、長い時間を操作しづらい。
コンテンツ量に比べて、攻略スピードが早くなるためだ。
コンテンツの消費が早くなれば、当然、ゲームの終わりは早くなる。
時間という点で、ユーザーに易しい設計は、マイナスになってしまう。
ならば、ユーザーに厳しいコンテンツをとにかく導入すべきか? というと、それも少し違う。
ただひたすらに難易度を上げたところで、ミドルゲーマー層に受けることはない。
プレイヤーの限界には一定のラインがあり、そのラインを越えてしまえば厳しさはただの苦痛になる。
ただし、ゲームにとって一定の難度というのは絶対に必要で、やはりそこはバランスが必要になってくる。
ただ難しくしてもいけない、簡単にしてもいけない。
そのバランスが重要なのは、家庭用ゲームでも同じだ。
難易度をいいバランスにし、その壁を超えた時の爽快感こそがゲームの醍醐味と言える。
ならば、運営はどういった時間操作をすべきだろうか。
この場合で言えば、ちょうどいいバランスの難易度のイベントを企画し、ゲームのバランスを調整する。
それは間違ってはいないが、この場合に忘れてはいけないのはオンラインゲームだということだ。
プレイヤー達がオンラインゲームに時間を使う……その多くは、ゲームに対したものではない。
オンラインゲームに時間を使うほとんどが、攻略データやSNSでの交流、ゲームチャットによるものだ。
それらを支えるために必要なのは、なにも難易度のいいゲームの、攻略法を話し合うことだけじゃない。
一番、ゲームの掲示板が盛り上がるタイミングを知っているか?
それは不具合が起きた時。ゲームのバグを発見した時。
運営の”非”を見つけた時に、プレイヤーはその間違いを正すために起き上がる。
その時、プレイヤー達は時間を、そのゲームを考えることに費やす。
定期的にバグや不具合を発生させる……それは本来、かなり評価を落とす項目なのだろう。
ただし、本当は違う。ゲームが不具合を発生させるたび、プレイヤーはそれを晒しあげて、内心楽しんでいる。
これを狙っているゲーム運営はいないかもしれないが、そういうプラス要素もある。
もっと言えば、不具合が定期的に起こることにより、実際に重大な不具合が起きた時の保険になる。
「元々こんな運営だからな」「いつものクソ運営だ、仕方ない」
そういう風潮はある。本当に優秀な運営が、1年に1度に起こす不具合よりも、
いつもミスをする運営が、1ヵ月に1度起こす不具合の方が、プレイヤーはあっさり受け入れられる。
 || コミュニティの発展のために


さて、執拗に述べているオンラインゲームにかける時間は、コミュニティが重要だということだ。
コミュニティの力は不具合やバグさえもプラスに変え、プレイ外の時間をゲームに費やさせることができる。
そのコミュニティの発展のために、必要なのはゲーム自体にコミュニティを組み込むことではない。
例えば、一本道のストーリーで、突然強いボスを出してパーティを組ませることを強制する。
確かにこれにより、コミュニティの発展に繋がるように感じるかもしれないが、
プレイヤーはその制約を感じると、ゲームにあまり良い印象は持たないはずだ。
そもそもオンラインゲームは、パーティを強制させるのではなく、そこにユーザーの意思を持たせるべきだ。
オンラインゲームをプレイしたことがある人ならわかるはずだが、
みんなでプレイするのは超楽しい。そう、楽しいんだ。
強制なんかされなくても、自分が望んだとき、望むだろう時にプレイヤーはコミュニティに参加する。
幼児におもちゃを渡して、「これで遊べ!」と言うだろうか?
幼児はおもちゃを渡されて、遊びたいときに遊ぶ。
それが楽しいと気付けば、自発的に遊ぶようになる。
オンラインゲームにおいてコミュニティは、そういうものだ。
コミュニティを活用して遊ぶことを楽しいと知っているプレイヤー達は、
強制なんかされなくても自発的に参加するだろう。
ならば運営がすべきはプレイヤーが望むときに、
コミュニティに参加するためのツールを用意しておく。
つまりは、コミュニティを活性化させるための努力をしないこと。放置すること。
コミュニティの活性化に、それ以上の方法はないだろう。
 || まとめ・あとがき


ここまでの他にも、プレイ時間を長くさせる方法はたくさんある。
適切なレベルデザインによる難易度調整、
序盤にストレスを感じさせない、
自由度を高くする、
イベントを切れ目なく実施する、アナウンスする、
高難易度のコンテンツを実装する……
ただ、それらと同じぐらい、コミュニティは重要な作用を持っている。
そのゲームに関わる時間を、何倍、何十倍にもできるのがコミュニティだ。
その中でも、バグや不具合は最もユーザーの食いつきがいい。話のネタにもしやすい。
運営の失敗は、本当にネガティブなものだろうか。
不平不満を愚痴り合って、それに賛同するフレンドと出会う。そういう楽しみ方もある。
運営の評価は、マイナスだからといってマイナスだけではない。
それさえも楽しめるようになれば、それもまた、オンラインゲームの醍醐味と言えるだろう。
Ⓒこぴぃらいと つきひ

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